ヒット車の系譜(6)
ラストチャンス/アルベルト

 サスペンション付き軽快車「ラクッション」大ヒット。安売り競争に歯止めがかかった。だが、それは嵐の前の静けさだった。デフレ・円高の進展で勢いを増し、怒涛の如く日本に流入する台湾中国廉価車。21世紀初頭、低価格化に染まる市場のなかで、国産車最後の戦いが続く……。

(1)

 「横芝さん、もはや万策尽きた。アイデアが枯渇し、どうにもならない……」 

 1900年代が終わるころ、ブリヂストンサイクル上尾工場の技術部長西松次郎は、打ち合わせにきた本社の横芝正志企画部長に訴えた。

 「皆で懸命にやってるが、独創技術と言えるほどのものはできません。来年の春需は苦戦しますよ!」

 高価格車が売れる時期は、新年度の始まりと暖かい季節の到来が重なる3~5月に集中する。この春需めがけて、メーカーは独自の工夫を凝らした新車を発売する。春需戦線は年間の勝敗につながり敗北は許されない……。

 「商品化できるアイデアは、新型錠とか樹脂製泥よけなど細々したものばかり。これでは市場をリードするヒット車はつくれない……」

 西松の愚痴は続く  

 「しかも、ヤマハと共同開発中の電動アシスト車や、スポーツ車アンカーの開発に人手を奪われ、なかなか手が回りません」

 西松は頭を抱えるばかり。

   横芝は自分に問いかける。いよいよ戦略転換のときがきたか? 

(2)

 もともと自転車は部品の互換性が高く模倣が容易。このため開発などに費用をかけず、汎用部品を集荷して低価格車をつくる製造問屋型メーカーが多く存在していた。

 これに対して工業型メーカーは、品質・技術・デザイン・ブランドなどで差別化して高付加価市場を創出、市場を低価格車と二極化してきた。

 こうして日本は、老若男女多くの人が、様々な用途に、しかも良質の自転車を使う、世界でも稀な自転車国を築いてきた。

 だが、1990年代のデフレ進展にともに、廉価輸入車と量販店の安売りが激増、自転車は乗れればよいと、使い捨て化されるほどに価値感が下落していた。

   横芝は部下を集め、持論の“雪だるま論”を述べた。

 これまでのマーケティングは、軽快車・スポーツ車・子供車などいろいろな需要毎に市場を細分化、それぞれの高付加価値車市場を拡大して利益を稼ぐ戦略を基本にしてきた。

 低価格車市場は工場稼働を高めるために一定量は必要だ。それはブランドイメージの滴下効果で獲得できる。

 「  雪だるまに例えれば、需要毎にいくつもの雪だるまをつくって、それぞれの頭の部分を大きくすることだ。ここに人・物・金を集中してきた」

  (横芝の雪だるま論。高付加価値車市場と一部の低価格車市場を獲得する戦略)

 「だが、来年は市場をリードする新車がない。このままでは春需も低価格車に侵される。まさに“悪貨は良貨を駆逐する”というグレシャムの法則通りになりかねない……」

 部下たちは実情を知るだけに、暗い顔で黙っている。

 「そうであれば、別の戦略も考えられる。開発や宣伝などを止めてあらゆるコストを削り低価格車をつくる。それを量産して、真っ向から価格戦争をやる。傷を受けても相手を倒すまで戦う“焦土作戦”だ……」

 一人が意見を述べた。

 「当社の場合は、品質・性能を一定の水準に保たねばならず、間接コストも高く、低価格と言っても限度がある。相手は安売り競争専門、とても勝てないのでは?」

 「それならコストの安い中国工場で大量生産すればよい。必要な一部の部品は日本製を使って生産性を上げれば、高めの価格でも勝負になる」

 横芝は5~6年前に新設した中国・常州工場を活用する、と言った。

 「とはいえ、副作用は大きいよ。共食いで高価格車は売れなくなり、台数がよほど増加しない限り利益は減る。国内の5工場は空洞化して縮小均衡に陥る……」

 その後も甲論乙駁、議論は果てない。経営を左右する戦略だから容易に答えがでない。不得要領のまま会議は終わった。

(3)

 実は、横芝には迷いはなかった。先日の会議は危機感を訴えることが目的。

 “差別化による高付加価値創造マーケティング”は横芝の信条である。付加価値に乏しい、いたずらな低価格競争は不毛の戦い、最初からその考えはない。

   横芝は「企画部長年度方針書」に、3年前のラクッションと同じ「ヒット車をつくる」という方針を再び掲げた。

 「何かアイデアはないか!」

 たまたま新開発の小径車「トランジット」がグッドデザイン賞を受賞した。シャフトドライブの、しかも片持ち機構で軽い。カーボン成形フレームにフロントサスペンション装着のまさに独創技術の塊である。

 「トランジットなら!」と期待の声が上がった……。

(小径車「トランジット」は第一候補だった)

   横芝は否定した。

 確かにトランジットは、独創技術を謳い掲げれば、価値観の薄れている自転車のイメージアップには最適だ。

 しかし、このジャンルの市場はあまりにも小さく、春需のリード車にならない。緊縮予算でなけなしの宣伝費を投入するには、もっと量販できるものでなくては……。

 (4)

 横芝はこれまでのヒット車を振り返る。

   ヒットした要因は? どうすればヒットするか?

 第1に、差別感のある車体をつくる。

 第2に、独自メカを組みこむ。

 これまでのように、年ごとの新開発メカにこだわる必要はない。独創性と差別化ができればよい。

 第3に、商品力と販売力と宣伝力を3位1体に展開する。

 第4に、価格政策と販売チャネルにデフレ対応戦略を取り入れる。

 これらをミックスして、トータルマーケティングを展開する。

 何のことはない、マーケティングの教科書通りにやることだ。やればヒット車が生まれるはず……。

   突然、閃いた。

 そうだ!あの「カルカマ」だ!あのリメイク版をつくればよい。

 カルカマは、外観的差別感がある「アルミフレーム」に、独創メカ「ベルトドライブ」を組合せ、所ジョージのCM とともに、“かる~いカマキリ”として軽さを訴え、大ヒットした。 

 カルカマの後継車「アルミグラ」は失敗して、いまはお蔵入りしている。が、軽さは自転車の永遠のテーマーだ。アルミグラと違う太い径のアルミパイプを使えば、軽さとともに差別感がでる。

 メカは、軽く走れるベルトドライブ。ベルトを黒・赤・黄色に、車体も合わせてカラー化すればファッションナブルになる。

   ネーミングは、アルミとベルトの語呂合わせ「アルベルト」がわかりやすい。

(アルミフレームとベルトドライブを組み合わせたネーミング)

(5)

 準備は急ピッチに進み、ようやく遅れを取り戻した  

 多様な消費者に向けて、自動点灯ランプ「点灯虫」・ポリカーボネイト製泥よけ・新型かんぬき錠などの独自部品を組み合わせて多機種展開。低価格志向にも対応して3万円を切る29.800円の車種もラインアップした。

 発売時のアルベルトシリーズは3グループ10機種カラー37色の大編成になった。

(2001年 軽快車「アルベルト」定価29.800円~40.800円)

 高付加加車アルベルトと並行して、新低価格車を中国工場で生産、デフレ対応策として新販売チャネル戦略を打ち出した。

   低価格車販売ルートを自転車店と量販店に分け、技術サービスをする自転車店向けは、価格本位の量販店向けより仕様と価格をやや高めに設定、それぞれのブランドも異なるものにした。

(6)

 幸いアルベルトはヒットして、春需戦線の高付加価値のリード車になった。

 新低価格車も、安売り競争を回避できた自転車店の支持を得て相応のシェアを占めた。

 春需戦線は、強力なライバルがなかったことも手伝い、“ブリヂストンの独り勝ち”と業界マスコミは報じた。

   ヒット車は、条件を揃えれば狙ってつくれるものだ……。

 アルベルトシリーズは、今日もモデルチェンジを重ねながら成長を続けている。電動アシスト付きもあり、通学に主婦用にと幅広く活躍している。

(現在の軽快車「アルベルト」定価63.980円)

4か月前