佐渡島1周 /佐渡ロングライド

2013年“太平洋の水を日本海にそそぐ”で始まった、オッサンたちの“日本横断ぶった切り”の旅。新潟・四国・九州・沖縄・北海道と日本列島を切りまくり、つでに千葉県が島であることも実証した。次なる目標は佐渡である。

佐渡1周は難コース

 “佐渡ロングライド”とは、新潟県佐渡島を1周するロングライドイベント。20年はコロナ禍で中止となったが、毎年1回5月に行われている。

一番人気は外周を走る210kmのコースだ。早朝6時にスタートし夕刻18時までの12時間以内でゴールすれば「完走証」がもらえる。島特有のアップダウンが激しいコースで完走率90~95%、全国から3000人が集まる大人気イベントである。

(佐渡ロングライドコース概要)

オッサンたちは2人とも実際に走ったことはないが、アツシは自動車で選手をサポートする業務でイベントに参加した経験があり、コースの厳しさを良く知っている。

カンタさんは外周210kmコースを目標にしているが、いまの力では完走は無理だろうなあ……。

エントリーすらできない現実

「カンタさん、佐渡ロングライド本気ですか?」

「もちろんだよ、行きたなぁ」

聞けば練習してないとのこと、呑気なもんだ。

「カンタさんは、エントリーすらできません!」

目が点になるカンタさん、そんなカンタさんに愕然とする情報を告げる。

「参加資格がないのですよ」

  210kmコースへのエントリー条件は、「公に告知開催されてるイベントの100km以上のコースで完走している」ことと定められている。

210kmコースは国内でも最難度、主催者はリタイヤ選手を回収するバスを準備しているが、実力のない選手が安易にエントリーし、大量のリタイヤが出ても困るからだ。

アツシは条件をクリヤしている。が、カンタさんの実績は個人の旅。ふたりで参加できないと意味が無い……。

アツシは提案した。

「まず、福島で開催される“サイクルエイドジャパン”に参加して資格をとってから佐渡にエントリーしましょう!これなら、練習も十分できます」

「よし!目標は決まった。アツシ、福島の計画立ててよ!」

“CYCLE AID JAPAN”

“CYCLE AID JAPAN(サイクルエイドジャパン)”は、東日本大震災被災地の復興支援のため2012年に始まり、現在は福島県で開催されている。猪苗代湖1周コースが魅力だ。日本自転車協会が後援するこのイベントは、参加費用に対して内容が充実しており大人気である。

(サイクルエイドジャパン2018全体コース)
(コース 断面図)

2018年10月、オッサンたちは125kmのコースにエントリーした。

コースは、前半にキツイ登りが3か所、全体獲得標高は1400mを越える。獲得標高2000mの佐渡を見据えて、選んだコースだ。

因みに、「獲得標高」とはスタートからゴールまでに登った高さの累計で、「標高差」とは違う。元は登山用語、いわば坂道の頑張り度のようなものだ。

ロングライドイベントは、地域活性化と連動しているのが常、地元名物が各エイドステーションで食べられるのも楽しみの一つ。

定番の「天ぷら饅頭」や「酪農カフェオレ」、大人気の「湖南そば」。今回の目玉は裏磐梯ロイヤルホテルの「スペシャルカレーライス」である。

(ソウル五輪ロードレース代表の鈴木光広さんが合流)

このイベントでは、スタートからゴールまでお腹いっぱい食べられる。オッサンたちは楽しみながら125kmを走り、無事にゴールした。

  よし、これで佐渡を走れる!

宿がない!

19年5月、佐渡ロングライドにエントリーした。が、泊まる宿が予約できない。

島外から3000人が集まるため、フェリーの予約や島内の移動、なかでも宿の確保が困難。ネットで検索するも、格安宿は満室、空いている宿は高額だ。

どうしたものか?カンタさんをいつもの居酒屋に呼び出した。

「無事エントリーできましたが、宿の確保が大変なんですよ」

ところが、満面の笑みを浮かべているカンタさん。

「実は、俺の嫁の親戚が佐渡に住んでいるのよ。イベントを良く知ってて“うちに泊まっていけ”と言ってくれてる。しかも港まで車で送迎してくれるってさ」

なんという幸運、というか始めから知ってたでしょ(笑)、早く言ってよ!

出発から事件発生

朝一番のフェリーに乗船するため、勤務の終わった金曜日のうちに新潟港近くに前泊する。都内に住むカンタさんが自家用車で、埼玉のアツシをピックアップ。

ところが  

「自宅にGARMINのメーターを忘れてきた……」

あちゃ~、もう事件発生!

“GARMINは無くても良い”と言うカンタさんを“絶対にあとで後悔する”と説得。取りに戻って2時間ほどのロス、ようやく夜の12時直前に、仮眠できる健康センターに着いた。

佐渡ぶった切り

早朝佐渡汽船に乗船、昼前に両津港に無事到着。

(毎年恒例、輪行袋の山におどろくカンタさん)

自転車を組んでいると、お世話になる親戚の方が車で迎えに来てくれた。本日は受付のみなので、港から島の反対側の佐和田海岸にある会場まで組み上げたバイクで走る。

  ふと、オッサンたちは気付いた。

両津から佐和田まで15km、短いながらこれは“佐渡ぶった切り”だ!

(“佐渡島ぶった切り”も遂行)
(両津港から佐和田海岸まで15km、GARMINの軌跡)

3000人がスタート!

朝4時起床、5時過ぎに会場入りするも、既に選手であふれている。

6時から20人ごとにウェーブスタート、列の最後方に並ぶ。

(意気揚々も、スタートラインは遥か彼方……)

先頭出発から約30分後、ついにスタート。“日本横断ぶった切り”の集大成だ!

(55km地点から始まる“Z坂”、最後の登坂3連発が完走への鬼門)

すぐに登り坂が始まるもマイペース。“ペダルを踏まず、最後までマイペースが一番速い”、アツシのロングライドの哲学だ。元気なライダーにガンガン抜かれても気にしない。

順調に相川AS(エイドステーション)、入崎ASを通過、最初の難所“Z坂”も、カンタさんは淡々とマイペースで余裕をもって登頂した。

やればできるじゃないか、カンタさん!(笑)

(3回切り返す景観から名付けられた“Z坂”)

連続しての難所は佐渡の北端“大野亀”、程よい気温と絶景が走りを後押しする。

(絶景を進む、カンタさん。)

昼食はゲストライダーと一緒!

難所を過ぎると、昼食が出る中間地点の両津港までは比較的平坦だ。

カンタさんを後ろに28km/h前後で淡々とペースを刻む。このペースが心地よいのか、

20名ほどのバイクがカタンさんの後ろに連なっている(笑)

突然、この隊列を勢いよく抜いて行く、ひとりの若い女性ライダーがいた。

  綺麗なライディングフォーム、カッコイイ!

11時過ぎ両津港に到着、おにぎりを受け取りテーブルで一息ついていると声を掛けられた。

「ご一緒しても良いですか?」

さっき追い抜いて行った女性だ。ゲストライダーの“道端カレンさん”だった。取材同行していた記者はアツシの顔見知り。

(“道端カレンさん”と一緒に昼食、周りの視線がツライ(笑))

カレンさんはタレントが本業だが、近年は本格的にトライアスロンに挑戦中と言う。モデル出身だけに、手足が長いライディングスタイルは“いかにも速そう”。

最後の難所 登坂3連発!

昼食を終えカレンさんと別れて出発。最後の184km地点“素浜AS”の到着目標を16時とした。

162km地点“たらい船”で有名な小木港を過ぎると、いよいよ最難関の登坂3連発が始まる。

カンタさんはまだ元気だが、登りで遅れることが多くなる。周りを気にせずマイペースを維持してもらう、“ペダルは踏まず頑張らない”これに尽きる。

目標の“素浜AS”には15時30分到着、予定より30分早い!完走が見えてきたぞ!

登坂が終わり、日が沈みかける海岸線を進む。風が強いが、完走が確信に変わり士気が上がる。

  17時過ぎ、綺麗な夕日を浴びながらゴールイン!締め切りの18時にはまだ余裕があった……。

(夕日を背に、オッサンたちの集大成が結実!)

「アツシのおかげで、まさかの完走だよ、頑張ったよ!」

嫁さんに連絡をしているカンタさん。本人はもちろん嫁さんも“今年は絶対に完走できない”と思っていたらしい。アツシもその頑張りに感動した。マイペースを守ったカンタさんの努力が実ったのだ……。

(公式完走タイム、カンタさんも同タイム)

次はどこ行く?

20年 コロナ禍発生  

会うことすらできずに1年、リモート呑み会を企画した。

「お久しぶりですカンタさん!実は……」

アツシは、いまの勤務先を退社してフリーランスになる決断を伝えた。

「エッーーー!思い切ったな!」

「自由人になったら、オッサンたちの新しい旅の計画を進めますね」

いつ出発できるかはコロナ禍次第。こればかりはどうすることもできない……

オッサンたち、この先いったいどうするの?!

(連載最終回)

2週間前