いま、株式市場が湧いている 。
本年(2021)2月、日経平均株価が30年振りに3万円台を回復。1989年12月につけた史上最高値38.915円への再挑戦が視野に入ってきた。

30年前といえば、世の中が好景気に踊ったバブル経済の絶頂期。1986年ごろから株価や地価などの資産価格が急騰、多くの日本企業がバブルの恩恵に浴していた。
そのころ、自転車企業はどうしていたか?
バブルの10年ほど前から、国内自転車市場では激烈な低価格競争が始まっていた。それに加えて円高による大幅な輸出減があり、完成車・部品を問わず、多くの自転車企業が苦境にあえいでいた。
この打開策として、大手完成車メーカーはロードやトライアスロンのようなスポーツ車、新駆動方式やアルミ軽快車などの高級車市場創出の努力を続けた。
そこに運よくバブルが到来、高級志向の風潮もあって業績回復、 “黄金の80年代”と呼ばれる黄金期を築いていた。
株価が最高値をつけた89年、株式公開していた完成車専業企業は4社。いずれも戦前からの老舗である。
業界2位 宮田工業(創業1890年/東証2部上場)
4位 丸石 (〃 1894年/ 〃)
5位 日米富士(〃 1899年/ 〃)
7位 ツノダ (〃 1926年/名証2部上場)
首位のブリヂストンサイクルやいくつかの中堅メーカーは、新規上場を計画していた。
ところが90年に入ると、突然バブルが弾け、低価格商品を求めるデフレが世を覆った。
自転車にも大量の中国台湾の輸入廉価車が国内に流れ込み、猛烈な安売り競争が繰り返され、自転車企業は次々に消滅していった。
老舗上場4社は、 “失われた”といわれるその後の10数年が過ぎるうちに、買収や経営破綻によりすべて上場廃止となり、今日ではブランドだけが残っている。
新規株式公開を果たした企業は1社もなかった。
アガサ・クリスチティの名作「そして誰もいなくなった」を地でいくような30年間の推移を振り返ると、“企業30年説”も頷ける気持ちになってくる。
特筆すべきは部品メーカーシマノである 。
早くから欧米市場に着目していたシマノは、マウンテンバイクブームを我が物とし、完成車と同じく部品メーカーも淘汰されるなか、部品の世界トップに駆け上っていく。
株価は、89年まだ2.540円だったが、その後の30年間で10倍を超え、21年には上場来高値26.895円を記録。時価総額は日本企業70位前後にランクされている。

戦後75年間に業界の覇権を争った自転車企業は、大小さまざま優に200社を超えている。その企業史は、まさに栄枯盛衰の歴史であった