2013年、太平洋の水を日本海へ注ぐツーリングをきっかけに“日本横断ぶった切り”を始めたアツシとカンタさん。毎年1回、4年かけて四国、九州、沖縄、北海道をぶった切った。北海道から帰京後しばらくすると、輪行の楽しさを知ってしまった2人は、旅への未練たっぷり。どちらが誘うともなく、いつもの居酒屋で落ち合った……。

チバジマ?
先日亡くなった大先輩タリンの思い出話は尽きない。が、今日の本題はタリンではない……。
「“ぶった切り”は終わりましたね。この後どうします?」
「アツシ、オレはやりたいことがあるんだ!“チバジマ”ってコトバ、知っているか?」
「チバジマ?」
「漢字で “千葉島”と書くんだ……」
千葉県は、東京都・埼玉県・茨城県に接しているから、一般的に関東平野で一体化していると思われている。実際は海と川で隔てられ、他県からは橋か船で渡らない限り往来することは不可能である。
だから“島”なんだ! “チバジマ”と言うんだよ。
「つまり……、どういうこと?」
アツシには、島と自転車の関係が分からない。
「千葉県が島なら外周を自転車で1周できるはずだろ?本当に島なのか、この目で確かめようぜ!アツシ、計画立ててよ!」
なるほど、そういうことか……(笑)。カンタさんの雑学には、いつも感心することばかりである。
そういえば、北海道ぶった切りが終わった時、カンタさんは“こんどはデザートだ!”と意味不明のことを言っていた。千葉一周は、ぶった切り “番外編”ということか……。
ざっと千葉県の外周を調べると500kmを越えている。まわるには、3日間は必要だ。今は9月、これから寒くなる。休暇も取りにくい。暖かくなる来春決行として、この日は解散した。
江戸川河口を出発点に
埼玉県に住んでるアツシは、千葉県には詳しくない。WEBで調べてみると、江戸川と利根川の河口にはサイクリング道路が整備されているようだ。
アツシの立てた大まかな計画は 、
スタート地点は東京湾の江戸川河口、初日は近くに前泊する。2日目は、時計周りに江戸川、利根川を経て銚子に泊まる。3日目は房総半島を海岸沿いに走り、館山に宿泊。最終日は東京湾沿いにスタート地点に戻る。3泊4日の日程である。
銚子と館山なら、オッサンたちの大好物、海鮮モノが期待できる……。

アツシとカンタさんはサラリーマン。金曜に仕事をすませて前泊、土日は休日、月曜日だけ休暇を取れば、3泊4日の日程がとれる……。
ゴールデンウィークは都合がつかず、決行は5月最終週になった。
金曜日の夜、江戸川河口に近い都営地下鉄「妙典駅」前のビジネスホテルに集合した。輪行バッグに入れたままなら、自転車の部屋持ち込みができる。チェックイン後、いつものように近くの居酒屋で前夜祭を開催した。
千葉県が島であることを証明するには、どうしたらわかりやすいか?
考えた末、自転車に装着しているスピードメーターGARMINの走行データが千葉県の形になればよいと結論づけた。

銚子を目指してスタート
朝4時起床、ホテル入り口でバイクを組立、夜明けとともに江戸川河口に行く。関東近県である安心感もあるのだろう、旅慣れした2人のザックはかなりコンパクトだ。
5時30分、どこを正式な出発点にするか?
見渡すと河口沿いに距離標識があった。ココを起点に、川と海を左手に見ながら千葉県を時計周りに走り、ぐるっと一周して元に戻れたら、島であることが実証できる!


江戸川のサイクリング道路を走るのは2人とも初めてである。道幅も広く、走りはなかなか快適だ。ただし……自販機や水道が見当たらない!地元の自転車乗りは、おそらく土手から離れたコンビニやトイレに立ち寄っているのであろう。
オッサンたちも川を離れて補給したいが、GARMINの走行データを綺麗に描きたい。できるだけ土手を走り続ける。
そんなこんなでコンビニも立寄れず、走ること55km……なんと江戸川の千葉県最北端に到着してしまった!

そこには、利根川から江戸川へ水を引き込む関宿水門や、関宿城博物館があった。幸い自動販売機もあり補給が完了。ここからは利根川を下ることになる。

“パンクの神様“降臨
利根川に入り、サイクリング道路をひた走る。真っすぐな道、景色も変わらず、単調な走りに口数が少なくなる。走行距離100kmを越えたところで、気分転換を兼ね、印西市内で昼食を摂ろうと進路を変えたとたん、
「アツシ!なんか急に後輪が重くなった……パンクだ!」
「あちゃ~、そういえば今朝、今までパンクしたことないって話題にしたのが失敗だったかぁ……」
自転車乗りなら一度は聞いたことがあるだろう“パンクの神様”が現れたのだ。ふと“最近パンクしてないなぁ”と思った日に限り、パンクするというやつだ。

最近の携帯ポンプは、高性能で7気圧近くまで空気を入れられる。とりあえず処置して、あとはどこかで自転車店に寄ってフロアポンプを借りよう、と気を取り直して再出発。
カンタさんの走りが快調で時間的余裕ができた。気温も上昇してきたので涼しいファミレスに入る。快適な店内での昼食、贅沢な時間だなぁ……。

持っててよかった“ディレイラーハンガー”
昼食を終え、ひたすら左に利根川を見ながら国道わきのサイクリング道路を走る。
15時過ぎ、ゴールの銚子まで残りあと30km、カンタさんが自転車をいじり始めた。
「なんかさぁ、後ろの変速の調子がイマイチなんだよね、アツシ見てよ!」
またかぁ、聞けばいまだに自動変速Di2の調整方法は勉強してないらしい。3年前の四国の旅であれほど覚えてと言ったのに……
変速位置の調整をすること10分、なかなか治らない。
「カンタさん、どこかで自転車倒したりしてないですか?」
「う~ん、よく覚えていないよ」
会話しながら変速機を後ろから覗くと、ゲージが若干内側に傾いている。おそらくこれが原因か。
「ロー側に行くほど変速がズレる感じですね」
「治るの?変速機を交換しないとダメなのか?アツシ」
「変速機じゃなくて、それを取り付けたフレーム側の問題です。そんな時はコレです!」
アツシはザックからある部品を取り出した。
「これが“ディレイラーハンガー“です」

ディレイラーハンガーとは、フレームとリア変速機の間に挟まれた部品で、比較的軟らかめに製作されている。転倒等で変速機にダメージが加わった時に、この部品が曲がったり折れたりすることでショックを吸収、フレームエンドと変速機を守る働きをする。

「アツシは、この部品いつも持ち歩ているの?」
「輪行の時は必ず持っていきます。経験上一番多いトラブルですから」
転倒等のトラブルだけでなく、飛行機での輪行でも曲がることが多い。飛行機を使う遠隔地のイベント会場のメカニックブースに運びこまれる、変速トラブルの多くはこれが原因である。
これを曲がったまま放置しておくと、次第に曲がりが大きくなる。最後に変速機がホイールに絡まって、フレームと車輪が破壊されることも珍しくない。
カンタさんのバイクは、調子は悪くてもとりあえず走れる。ホテルに着いてから部品交換することにした。
銚子で海鮮物を堪能
17時30分ホテルに到着。すぐにディレイラーハンガーを交換、変速はスムーズになった。
本日の走行距離は180km超えたが、お互いまだ元気だ。

シャワーを浴びて居酒屋へ。楽しみにしていた銚子の新鮮な刺身や焼き魚を堪能する。
明日は200km近く走る。距離が長いだけにカンタさんの急激なヘタレが心配だなぁ、と隣のベットの寝顔を見ながら、寝酒の缶ビールを飲むアツシであった。