北海道ぶった切り3日目は、帯広から最大の難所“狩勝峠”を越え、十勝岳の麓を回って富良野まで、約340kmを走破した。こんどのぶった切りは観光しながらの旅だが、疲労度は最小限に抑えられている。



初めての雨
夜明け前、大雨の音で目を覚ました……。
しばらくすると晴れ間が見えてひと安心、2人は予定通り6:30に出発した。

ぶった切りの旅を始めて4年4回、常に天候に恵まれ晴れだった。まぁ単なる幸運だっただけだろうが、今日も晴れならありがたい……。
「天気予報だと午前中は油断できないみたいです。カンタさんもザックカバー持ってますよね?」
「もちろん!ザックを濡らさないのはボーイスカウトの基本中の基本だぞ。ところでカニの状況は?」
状況とは、美味しいカニを食べられるか、ということらしい。
「札幌のキヨエちゃんが、なんとかしてくれるそうです(笑)」

雨除けのザックカバーを装着。降雨に備えるというより、タイヤの泥ハネでザックが汚れるのを防ぐためだ。できるだけ綺麗な姿で最後を締めくくりたい。
富良野は標高200m、最初の20kmは下りである。
国道38号線を北上すると、左手に滝里湖が見えてくる。雨雲が広がり、所どころガスが出て肌寒い。トラックの往来が多く、念のためライトとテールランプを点灯して走る。晴れていればとても気持ち良いところだろうな、と思いながら黙々とペダルを回す。
JR根室本線と並走しながら芦別に入ると、雨が降ってきた。

「カンタさん、網走で渡したハチミツまだ持ってますか?」
「まだあるよ、ずっと暑かったから食べる気しなかったんだよね」
2週間前、アツシはキヨエちゃんと、長野のMTB全日本選手権会場で再会していた。自転車ファンのキヨエちゃんは、全国各地の様々な会場でスタッフや選手たちにお土産を配ったりして親交を深めている。
その時いただいた“アカシアのハチミツ”を今回持ってきて、カンタさんにもあげていた。
雨のなかの自転車走行は、濡れた体を温めようとするためか、予想以上にエネルギーを使う。ハチミツはカロリーが高くコンパクト、しかも消化器系への負担が少なくありがたい。

道の駅で休憩していると、雨が小降りになってきた。迷ったが、体を濡らすよりはと、出発を遅らせ、晴れ間で走ることにする。
ボーイスカウトの嗅覚
天候が回復、右手に空知川の流れを見ながら県道227号線を順調に進む。滝川市に入り進路を南へとると、空知川は北から流れてくる石狩川と合流した。
そこから国道12号バイパスに入り、直後に近道となる国道275号線へ向かう予定だったが……
“あれ?なんか……嫌な感じ……”
と、思ったその時、
「アツシ!違うんじゃねぇか?」
すぐ後ろから、カンタさんが声をかけてきた。
カンタさんはボーイスカウトの大ベテラン、カンで間違いがわかったようだ。スマホで確認すると、右折予定の交差点を約1km通り過ぎていた。
人は経験を積むと、景色や太陽の位置、距離感などで間違いが無意識にわかることがあるようだ。

今日も昼はうどん
予定のルートに戻り、南下を続ける。バイパスと違って大型トラックも少なく気持ちよい。
鶴沼の道の駅で昼食の時間となった。毎日メニュー選びで悩むが、結局は“そば”か“うどん”になる。飽きないから不思議だ。オッサンになった証拠かも(笑)。

いよいよ石狩港へ
ここからは、石狩港へ向けて距離をこなすだけだ。陽ざしも強くなり気温もグングン上昇、午前中の肌寒さも忘れてしまう。


海岸線に近い国道沿いを走る。海が見えそうだが、防風林が並び見えない。このじれったい感じがドキドキ感を高揚させる。
ついに看板に“石狩港”の文字が!
「カンタさん、海が見えてきた!」
商業港だから、観光客らしき人達が全然見えない。
石狩港の水と、いつものゴール写真……、シャッターどうしよう……、そう思いながら進んでいると 、
海のフェンス脇でBBQを楽しむ4人連れのファミリーを発見した。
「こんにちは!写真撮ってくれませんか?ここが旅のゴールなんです」
「いいよ、僕が撮ってあげる」
例によってコマネチするオッサンたち、なんのポーズだろう?と不思議な顔を見せシャッターを切る少年。今の若い人はコマネチを知らないんだなあ……。

「オジサンたちは、網走から走ってきたんだ!」
「すご~い!そんな遠くから?何日かかったの?」
「4日間だよ、まぁ楽勝だったけどね」
狩勝峠では死んでたカンタさん、話が違うなぁ……と、少年との会話を眺めるアツシ。
「オジサンたち、BBQ食べていく?」
家族からの“ゴール祝い”のイカ串をいただいた……。
これにて4回にわたった、港から港への“日本ぶった切り計画”は完遂された。あとは無事に帰京するのみ……。
あっ、カニも食べないと……(笑)

キヨエちゃんと合流
ゴールインの余韻の中、残り約10kmをひた走り、札幌のホテルに到着した。
これまでずっと格安の宿を選択してきたが、最終日は天然温泉、豪華朝食ブッフェ付きの大判振る舞い。
「自転車は受付横にある会議室に入れてください。出すときはいつでも声かけてくださいね……」
なんと親切な対応。4日前に網走から送った輪行バッグも着いていた。

早速自慢の天然温泉で汗を流したあと、キヨエちゃんと合流。会うのは初めてのカンタさんを紹介する。
「初めましてキヨエです。無事着いてよかったですね!」
挨拶も早々に、予約してある居酒屋へ向かう

店は偶然“えびかに祭”を開催中。カニは年間通して食べられるそうだ。
キヨエちゃん
海鮮物を肴に、話は盛り上がる。
キヨエちゃんは札幌在住の会社員、年齢不詳の美魔女である。35年前、初期のツール・ド・北海道を観戦して以来レースの虜となり、ほぼ毎月遠くまでレース会場に足を運んでいるという。アツシとは知人を介して知り合い、ときどき一緒にレースを観戦する仲である……。
数年前、アツシがツール・ド・フランスの生中継を自宅でテレビ観戦していたときのこと。突然キヨエちゃんの顔が画面いっぱいに映った。もうびっくりである(笑)
たまたま、その日のレース解説者は、現在ブリヂストンサイクルに勤めている元オリンピック選手の飯島誠さんだった。
「あれ?……、この人たちは、日本のレース会場でもおなじみの美女軍団ですね、ついにグローバルデビューですかぁ(笑)」
キヨエちゃんは仲間を誘い、わざわざフランスまで遠征していたのだ……。
かねてから、キヨエちゃんは観戦する時間のやりくりをどうしているか疑問に思っていたので聞いてみると、
「年初にJCF(日本自転車競技連盟)の年間競技日程が出ると、応援予定のレースカレンダーを作り、会社の上司にお願いして計画的に休暇を取っているのよ」
計画は完ぺきでも、結局は“行きあたりばったり”になるオッサンたちとは大違いだと大笑い。
「実は、今回も上司にはぶった切りの話をしていて、“いつでも休暇取っていいからね”と言われていたのよ。だから何かあったらすぐに迎えに行くつもりでした」
カンタさんとアツシは、キヨエちゃんの友情と親切な上司に謹んで乾杯した……。

楽しい宴会を終え、キヨエちゃんと別れた後……
「カンタさん、ラーメン横丁いきましょう!」
ゴールしたご褒美を連続投下するオッサンたちだった……(笑)。
翌朝、また天然の朝風呂でスッキリし、最後の楽しみ、ホテル自慢の海鮮ブッフェを満喫する。

いよいよ帰京だ!
「アツシ、輪行バッグ担ぐの嫌だよぉ……タクシー使わないか?」
「ココからほんの50m先に千歳空港行きバス停があるんです。我慢して歩きましょうよ。このホテル、チョー便利なんです!」
「そうか!お前の計画は本当に良く考えられてるな。ボーイスカウトの誇りだよ」
この先、どこ行く?オッサンたち
帰宅して6日後、末期がんと闘っていた大先輩“タリン”が他界した……。
葬儀が終わり、いつもの居酒屋へカンタさんを誘う。
「カンタさん、タリンの遺影、覚えてますか?」
「もちろん。タリン自身が選んだ写真だって聞いたよ」
「親指立てて、満面の笑みでしたよ(笑)」
「おそらく “イエーイ!”と言いたいんじゃないかな(笑)」
タリンの思い出話は、いつまでも尽きなかった……。
「日本ぶった切り計画も終わりましたね。この後どうしますか?」
輪行する旅の楽しさを知ってしまった2人は未練たっぷりである。
「アツシ!軽くデザートを食べようよ!それはだなぁ……」
カンタさんが、また突拍子もないことを言い出した。どうやらぶった切りでなく、ちょっとしたツーリングのことらしい。
オッサンたち、次はどうする?!
