大先輩のタリンを加え3人で沖縄ぶった切りを完遂したアツシとカンタさん。新潟・四国・九州・沖縄に続き、いよいよ最終の地、北海道を目指すと意気込む。

ところが、2人にはそれぞれの人生を変える出来事が起こる。しかも同時だった……。
歓喜と悲哀の報告会
15年11月、アツシとカンタさんは都内のいつもの居酒屋でなく、新しく探したうなぎ屋で落ち合った。
「久しぶりだな。アツシがうなぎに誘うなんて珍しい」
「アツシは今、好きなものだけを食べるキャンペーンをやってまして、うなぎは大好物ですから……」
「キャンペーンって、何?」
「それは後ほど……」
うなぎ串をつまみに酒を飲む。今宵は、アツシは悪い話、カンタさんは良い話を互いに報告する手はずである。
まずはカンタさんから切り出す。
「アツシ、おれ、結婚する!」
「えっ!結婚ですか!」
お相手はアツシも良く知っている女性だった。先輩タリンの周りには男女の仲間が集まっているが、その中の一人である。アツシもキャンプや登山に行ったりしてうすうすは感づいていた……。


投稿は別々だったが、二人で旅行に出かけたことは明白である(笑)……。
胃がんの告知に動揺する
次はアツシが報告する番だ。
「実は……、胃がんが見つかりました!来月手術します!」
2か月前、アツシは原因不明の腸閉塞で1週間ほど入院した。

退院後、「精密検査をしてみませんか?」と胃カメラの精密検査を勧められた。
その結果 、
「アツシさん、驚かないでくださいね。別の病気が見つかりました、胃がんです」
「えっ?それって、良性ですか?悪性ですか?」
「がんだから、悪性です」
ひとは動揺したとき、変な質問をする。典型的な例がコレである(笑)
がん手術は成功した
ボーイスカウトの先輩に消化器系内科医がいる。「何かあれば相談しろ」と言われていたので、早速telをかけた。
「よし、それなら俺のところに来い!今、東京・お台場のがん研有明病院に勤めてるんだ。すぐに段取りしておくよ」
がん研有明病院は手術を年間8000件以上、胃がんにおいては1000件以上行っており、セカンドオピニオンはもちろん海外からの人気も高い、がん専門病院である。
初診当日に胃カメラ検査、2回目の診察で手術日も決まった。高い人気で入院を待たされるがん研である。なんという幸運だろう!
正常な胃とは、もうサヨナラだな……45年に感謝!
そうだ、がんと決まったからには、入院する日までは予算無視で美味しいものを食べよう!好きなものだけ食べるキャンペーンの開始だ!

食べ収めを済ませ入院した。
幸いがんは、初期のステージⅠとの診断だった。
だが、病変は3.5cmと大きい。
当初は、胃の上下弁を残す中間部の部分切除を予定していたが、万が一の転移を考慮し、胃から十二指腸への出口である幽門弁を含む、胃の下部2/3を切除する術式に変更したい、と主治医が言う。
100%の完治を目指すのががん研の基本姿勢とのこと。思いがけない大手術になったが、アツシも同意する。
腹腔鏡手術で無事に患部の切除に成功。あとは治癒を待つばかり……。
タイに行きたい
アツシは毎年、タイの北部チェンライで行われるMTBレースに出場している。
日本の会社が主催するこのイベントは、参加者の80%以上が日本人でリピーター率が高い。レースだけでなく、タイでの非日常感を体感できるのが魅力で、ここ数年続けて参加している。

チェンライはタイの最北端で、アヘンの一大産地で有名となったゴールデントライアングル(ラオスとミャンマーとの3国間国境)、多様な山岳民族が暮らす等、秘境感が満載の土地柄で観光も楽しいのだ。


実は、手術前に「来年2月にタイに行っても大丈夫ですか?」と主治医に聞いていた。
まぁダメ元で聞いたのだが、意外な返答である。
「レースで勝負するのは無理だろうね、でも出掛けることは差し支えないよ」
切除した胃に負担かけないよう気を付ければ渡航しても良いという。
よーし!手術が無事済んだらタイに行くぞ!
必死のリハビリ開始
看護師たちは「積極的に歩く患者ほど回復が早い」と言う。歩くことで内臓が揺れ、傷口と臓器の癒着防止にもなるそうだ。
アツシは手術の翌日からすぐ歩き始めた。痛み止めを脊髄にダイレクトに管で入れていて痛みが緩和されているが、動くと腹部が猛烈に痛い。タイに行きたいために必死に歩き続け10日後に退院となった。
病院から自宅の埼玉までは、一緒に沖縄に行った先輩タリンが、暇だからと、車で送ってくれた。タリンも数年前、ステージⅣの大腸がんを手術した経験がある。
がん研のあるお台場を出ると、すぐに築地だ。年末で大賑わいの市場を横目にタリンに話しかけた。
「日本人の半分が、死ぬまでにがんを患うっていうけど、窓の外を歩いている人の半分はがんになるのかな?」
「そうだな、この車の中は100%がん患者なのは確かだ。わっはっはっは」
がん研の先輩といい、タリンといい、仲間とはありがたいものだ。

年が明け、カンタさんから新年のあいさつが届いた。

実に幸せそうだ(笑)……。
アツシもリハビリを頑張ろうと決意、早いかなと思いながらも腹部に気を使いつつ自転車に乗ってみる。
リハビリに自転車を使うことは、転んだり腹部へ衝撃を与えないように気をつければよい、と主治医から聞いていた。
ただ、アツシの受けた腹腔鏡手術では、腹部内に二酸化炭素ガスを充てんさせるために、肺が圧迫され無気肺と呼ばれる肺機能低下が起こることがあるそうだ。
アツシも肺活量が半分程度まで落ちており、肺機能のリハビリも必要。振動が少なくて肺機能も回復させる運動として自転車は適した機材である。
なかでもMTBは、タイヤが太くチューブレスなので、空気圧を1.5気圧まで落とせば、かなりソフトな乗り心地になる。

MTBに乗りながら、改めて自転車は気持ちいいなと思う。
タイのMTBレースに出場
予定通り、タイのイベントに参加した。
例年エリートクラスにエントリーしているが、今年は手術後であり、主催者に事情を説明して、難易度の低いスポーツクラスで走らせてもらう。これなら勝負にこだわらなくてよい。
チェンライのコースはキツイので有名だが、コース案内を見落としてのコースミス(通称ロスト呼ばれてる)も有名である。アツシも2日目にコースミスを犯してしまう。
ところが……。なんと!3位に入賞してしまった!

北海道ぶった切り再始動
タイへ行けたことで、日常生活と自転車に乗ることへの不安が解消された。
早速、カンタさんといつもの居酒屋で再会する。
「今年の盆休みには、アツシは北海道に行けそうです。カンタさんは新婚の奥さんをほったらかしにして大丈夫?、しかも仕事代わったばかりだし……」
カンタさんは現在勤めている公益財団の都内公園の管理人になった直後だった。
「お盆はお客さん多いけど、事前に断れば休めるよ。もちろん家内も問題ない、ソロ登山で山頂でコマネチしてくるってさ(笑)」
続けて、勢い込んで聞く。
「北海道のコースは決めた?」

北海道ぶった切りは、真ん中に大雪山があって、綺麗に中心をカットするコースが取れない。都市部も離れており、距離間も中途半端である。
「いままでのぶった切りは、ただ走ることが目的でした。こんどは北海道の魅力も満喫しましょう!」
がんを患ったアツシは、人生観が変わったのだ。
「なるほど、これまではアツシの楽しみを、オレのヘタレ体力で全部奪ってしまったからな。オレも反省しよう。ガハハハ」
さて、オッサンたちはどういうコースで北海道をぶった切るのか……?