国産車最後の戦い /アンカー誕生秘話(1)

1990年代バブルが弾け、長く続くデフレ時代が到来した。円高の波に乗り殺到する輸入車、激烈な価格破壊、日本メーカーの倒産が続出する。20年にわたり営々と築き上げたスポーツ車市場でも、欧米ブランドの参入により、日本車は崩壊の危機にあった。ブリヂストンは新ブランド戦略を展開、命運を賭けて最後の戦いに挑んだ……。

(1)

1996年初夏  

浜岡紀夫がブリヂストンサイクル企画部長横芝正志の部屋に入ってきた。浜岡は東京販社の企画担当役員。定期的に自転車店を廻り、現場の情勢を細かに報告する。

「日本の自転車はもうメタメタですよ。1万円を切る安物の輸入車にやられて、日本製の軽快車やシティサイクルはお手上げです。自転車店も客を奪われ青息吐息です……」

「全国的にそうなっているね。スポーツ車はどう?」

「やはり、MTBもどきの安い輸入物が溢れています。さすがに高級スポーツ車は値崩れしていませんが、欧米ブランドの輸入車が増えて、日本車が食われています。力のある大型自転車店は、喜んで扱っています……」

1980~90年代、日本は新需要創出の努力を続け、ロード・MTB・トライアスロン・フィットネスなどいろいろな車種を開発した。レースイベントが盛んになり、チョイスシステム車も需要を喚起、軽快車中心の独特な日本市場に、ようやく高級スポーツ車が定着しつつあった。

その市場が欧米車に奪われている、と浜岡は繰り返し言う。

「ブリヂストンも苦戦しています!他社はもっとひどい……」

「そうだろうな。日本人は舶来ブランドに弱いからね。だけど欧米車と呼んでも、大半は中国台湾製のOEM車だよ。それとは知らずに、イメージだけで喜んで買っている」

 OEMとは自社ブランドによる委託生産のこと。委託するメーカーが設計や技術指導をするが、委託先の製品に自社マークを貼っただけのものも多い。このころは、欧米メーカーのOEMを受けて、中国が世界の自転車生産基地になりつつあった。

「自転車店がブリヂストンの高級スポーツ車を客に奨めると、“性能や品質が良いのはわかっているが、イメージがね”と敬遠するそうです」

「ブリヂストンは、圧倒的に軽快車や子供車に強いからなあ……」

「それが災いして、強かった高級スポーツ車でも、ブリヂストンは女性や初心者向きのイメージがあると言うのですよ……」

(2)

「浜岡さん、時代が変わったのよ。機能や品質の差別化が難しくなり、ブランドの戦いになった。日本vs欧米vs台湾ブランドの三つ巴戦だね。ブランドは消費者の心のなかにつくられるもの。この戦いはとても厳しい。よほどの覚悟がいる」

「特に欧米ブランドには、“本場物”のイメージがあります。品質はともかく、イメージではとても敵いませんね……」

「そうだろうな。ヨーロッパのビアンキ・コルナゴ・ジオスたちは伝統のあるロードの老舗だ。アメリカのトレック・スペッシャライズド・キャノンディール・GT・マングースなどは、MTBから生まれた新興勢力だが、個性があって強力だね」

(ロードバイクのイタリアブランド:ビアンキとコルナゴ)

(MTBのアメリカブランド:トレックとスペッシャライズド)

  横芝は台湾ブランドに言及する。

「少し前に、台湾のジャイアントもメリダも日本に進出してきた。だが、台湾ブランドは人気がなく伸び悩んでいる。でも、台湾メーカーにOEMした欧米ブランド車は売れる。ブランドイメージとは厄介なものだねえ……」

 のちにジャイアントやメリダが、世界のビッグメーカーになるとは知る由もない。

(台湾ブランド:ジャイアントとメリダ)

  さらに、日本ブランドにも触れた。

ブリヂストンはアメリカに販社を設立して、ブリヂストンブランドのロードやMTBを販売していた。松下はパナソニックブランドで欧米に輸出、ミヤタもヨーロッパでコガミヤタと提携してロードを販売した。

「日本車も、ほんの10年前までは世界で活躍していた。そのころは品質が評価され、特にロードが強かった。今では忘れられているようだがね……」

(迎え撃つ日本ブランド:ブリヂストン・パナソニック・ミヤタ)

  浜岡は訴えるように言う。

「でも、このままでは欧米車に食われ続けますよ。何とかしてください!」

「わかった!1年間だけ時間をくれ。必ず手を打つ!」

横芝はある構想を抱いていた。新しいブランディング(ブランド構築)をやる!

(3)

翌日、横芝は部下10数名を集め唐突に宣言した。

「スポーツ車のすべてのブランドを1年後に廃止する!」

部下たちは驚く。

「全部ですか?」

「そうだ、全部だ!代わりに新しい商品ブランドを起ち上げる!」

  横芝は長々とブランド論を語る。

“ブリヂストン”は、もともと“企業ブランド”だが、“商品ブランド”としても使用されている。自動車タイヤのように、消費者が成人に限られ、用途も同じ商品はそれでよい。ブランディングコストも、1ブランドの方が効率的である。

だが自転車は、大人から子供までの老若男女がユーザーであり、車種も軽快車や子供車など形状や用途がそれぞれ違う。商品差別化戦略をとる場合、ユーザー特性に合ったイメージの商品ブランドが必要になる。

ブリヂストンブランドは、自転車以外の多くの商品に使われるメガブランド、イメージが拡散している。このため自転車では、商品ブランドを主に、ブリヂストンを従として使ってきた。商品ブランドを宣伝すれば、需要も喚起でき、指名買いも起こる。ブリヂストンブランドは品質保証の証しである。

自転車でも、欧米ブランドは自転車専業企業であり、商品もスポーツ車だけだから、企業ブランドをそのまま商品ブランドに使っても、イメージは拡散しない。

だから、当社もスポーツ車ブランドはすべてブリヂストン1本でいく戦略もある。しかし、ブリヂストンを大きく表示すると、女子供のイメージが強いから入れないでくれと言う声が多い。市場調査もしたが、同じような結論だ。

この打開のため、全く新しい新商品ブランドをつくり、新しいイメージを構築する。

(4)

横芝は具体的な構想を示した  

第1に、新ブランドは「アンカー(ANCHOR)」と名付ける。アンカーを大きく、ブリヂストンは小さく表示する。

(アンカーロゴとブリヂストンブランドのデザイン上の位置づけ)

部下が聞いた。

「アンカーとは錨(いかり)?重いイメージですね」

「いや、真打として登場した最強の最終走者というイメージだよ」

ロードやMTBなどのカテゴリー毎の商品ブランド(レイダック・テーラーメイド・ワイルドウェストなど)は、すべてアンカーに集約する。

第2に、ピスト競技車をフラッグシップ(旗艦)にする。

他社にないニッチなモデルの尖ったイメージを、下級モデルに降ろす“頂上作戦”をとる。売れなくてもよい、イメージが目的である。

第3に、アトランタオリンピックのスプリント銀メダリスト十文字貴信をアドバイザーに起用、アンカーに“スピード”“勝つ”“カッコ良さ”のイメージをつくる。

第4に、イメージだけでなく、“日本人の設計による、日本人の体形にあった、ハイテクメイドインジャパン”を標榜して、技術生産部隊の総力を挙げて機能品質でも差別化する。競輪フレーム製造トップシェアの実力を生かす。

第5に、販売は専門的知識を持つ専従部隊を編成。取引自転車店も厳選して、少数に絞り込むクローズドチャネル戦略をとる。

第6に、アンカー発売は1997年秋とする。

このアンカー戦略は、2000年シドニーオリンピックの十文字選手の優勝を目標に掲げ、オーストリアの南十字星と十文字の名をかけて、「サザンクロスプロジェクト」と命名する。

(サザンクロスプロジェクトのイメージ:発売時のカタログ表紙より)

  自動車のトヨタでも、と横芝は言葉を足した。

「まだ日本では発売されていないが、アメリカでレクサス戦略を打ち出した。ベンツのような高級ブランドに勝つために、トヨタブランドを後退させて、商品ブランドのレクサスをアッピールする作戦だ。アンカーもそんな意気込みでやろうよ……」

(続く)

1週間前