四国に降り立つ
/徳島・高知を切る

2014年7月アツシとカンタさんは、新たなターゲット九州四国ぶった切りの旅に出発した。用意周到のはずだったが、早くも羽田空港で頓挫する。最終便が欠航、出発すらできず、初日はカプセル泊りで終わってしまった……。

果たしてオッサンたちは無事に目的を完遂できるだろうか?

(カプセルホテルにてヤケ酒するオッサンたち)

冒険とは無事に帰ってくること

2日目早朝、JAL徳島便は何事もなく羽田を離陸した。

(早朝便にて出直し出発)

アツシは窓外に広がる大海原を見下ろしながら、海と陸の違いはあるが、かつて憧れたアフリカの大地を駆け抜ける “パリダカ”を想い出す。

(冒険と呼ばれたパリダカ)

パリダカは、フランスの冒険家ティエリー・サビーヌの発案により、1978年から始まった自動車のラリーレイド競技の通称である。

当初は、フランスのパリからアフリカのダカールまで12,000km、1カ月かけて走破していた。集落や救護施設のない未開の地であったサハラ砂漠を縦断、競技というより冒険と呼ばれていた。

その後、南米からサウジアラビアに開催地を替え、今ではダカールラリーと呼ばれているが、レースの過酷さは変わらず、事故による犠牲者がつきもの、冒険の名にふさわしい。

「私にできるのは、“冒険の扉”を示すこと。扉の向こうには、危険が待っている。扉を開くのは君だ。望むなら連れて行こう」(ティエリー・サビーヌ)

アツシはこの言葉が大好きだ。ボーイスカウトの理念にも合う。

ボーイスカウトでは「冒険」という言葉がしばしば使われる。アッシは、これは少年心をくすぐる良いフレーズだ、と思っている。当時先輩からは、冒険とは無事に帰ってくること、対策もせず危険を冒す行為は「無謀」と呼ぶ、そう叩き込まれた。

そんな少年期を過ごしたオッサンたちの九州四国ぶった切りの旅は、パリダカにははるかに及ばないが、冒険と言う名の本気の遊びであった。

徳島に降りる
2日目が始まった

ついに、四国の入り口徳島阿波踊り空港に到着した—。

すぐにバイクを輪行バックから取り出し組立てる。

荷物は旅の3日間で必要なものだけザックに入れ背負う。

残りの荷物は輪行バッグに戻し、最終日のゴールになる熊本空港近くのヤマト運輸・熊本駅営業所留めで宅配便で送る。もちろん事前に預かり承諾を取っている。とにかく荷物を軽くする、これが自転車旅行のコツである。

恒例のスタート地点のコマネチ写真は海辺で撮りたい。が、空港は海岸線、やむなく空港前でポーズをとる。

(空港にてスタート・コマネチ)

ようやく午前10時に出発した—。

今夜の宿泊地高知まで約180km、出発が少し遅れたが、前回の旅のMTBと違い今回はロードバイク、距離は長いが何とかなるだろう。

アツシとカンタさんは、空港から南下し大きな川を渡る、吉野川だ。初めての土地はワクワクする。

国道382号線から192号線を西方面へ進む。最初の50kmはわりに平坦、順調に距離を刻んで行く。ルートは香川県のすぐ南、高知県側を走り続ける。

昼食は軽めにと、手打ちうどん屋を探してみるが全くない!香川と高知、県が違うと、ここまで食文化が違うのかと改めて感じる。やむなくコンビニですます。

12時を過ぎると、暑さが厳しくなってきた。途中で公園を見つけて水浴びする。いつものアツシ熱中症予防策である。

(ウヒョー!と叫びたくなる気持ちいい瞬間)

さらに90km走り続け三好市に入った。そこから高知に向かって南下を開始、緩やかだが本格的な山岳地帯を登り始める。

14時を過ぎても暑さは以前として厳しい。

しかし高知へ抜ける国道32号線は、左手に吉野川の清流に沿って、木々が生い茂っている。日陰が増え、走っていて午前中より気持ちがよい。今日の最高標高は500mだが、高いところまで登っていく感覚があまりない。

路面に表示された大きな数字

「カンタさん、国道32号線の路面にときどき大きな数字が書いてあるけど、なんですかね?関東ではあまり見かけませんね」

「オレも気になってたんだよね、一定の間隔で書かれてる感じがするね。制限速度標示とは違うよね」

「もしかして……災害時にヘリコプターとかで場所を特定できるとか?」

「アツシ!鋭いな、おそらく間違いないよ」」

(上空から視認できる路上の対空標示)

—のちに調べたところ、それは「対空標示」という標識だった。災害時にヘリコプターなど上空から視認できる数字を、道路や建物などの目標物1km毎 に表示する。交通事故等でも地点把握に役立つ。目標物の少ない四国では、香川を除く3県で広く採用されている。

うどんと言い、対空標示と言い、狭い四国でも県により違いがある。初めての土地を自転車で走ると色々なことに気づく、これもロングライドの効用か。

その後吉野川と別れ、頂上にある穴内川ダムを経て、峠を一気に下る。大きなペースダウンも無く、高知市内まで残り20kmのところで日没になった。

だが、今まで経験した数々のトラブルに比べれば、日没など大したことではない。ライトも前後装備しているし、今日は大きなトラブルなく終えられそうだ。

(トラブルなく到着、安堵するカンタさん)

20時無事にホテルに到着した。

バイクの部屋持ち込みを一度は断られたが、輪行バッグに入れれば手荷物扱いでOKになった。電車移動が必要になったときに備えて、樹脂でなく布製バッグを持っていたことが幸いした。

はちきん女将の襲来

早々に、晩飯に繰り出した—。

実のところ、前回の新潟の旅がひたすら走るだけだっただけに、こんどは地元の料理を楽しみにしていた。オッサンたちは海鮮ものが大好物、まずは地魚で一杯やりたいな。

おすすめ店をホテルスタッフに聞く、地元のことは地元で聞け、これ旅の常套手段。

すすめられた小料理店で反省会を開く。

(四国ぶった切り1日目の軌跡)

「いやぁ、今日はトラブルなくうまくいきましたね」

「アツシのコース設定、キツイところなくていい感じだったよ」

本場のカツオのたたき、うつぼなどの名物を食べ、ほろ酔い気分で帰ろうとしたときである。

宴会が終わったらしく、店の女将さんが座敷に入ってきた。

「東京からやか。残ったお客さんはおまさんたちだけ。余った日本酒があるき、ご馳走するよ」

嫌な予感がする。

「高知はこの盃が有名。底の形が三角でテーブルに置けんでしょ、みんなで回しあって呑むがよ、さぁ始めるよ」

普通の形をしていても横に小さな穴が空いていて、酒が抜けこぼれないように指で穴をふさいで飲む盃もある。

(下に置けない盃2種、女将に飲まされるままのオッサンたち)

地酒の説明を聞かされながら、4合瓶がすぐ空き2本目へ、話し上手でなかなか帰るタイミングをつくらせない。

—カタンさんが、壁のポスターを見て聞く。

「“名物はちきん女将の店”って、ここに写っているのは女将さん?」

はちきんとは、男勝りの女性を指す土佐弁、高知県女性の県民性を表した言葉だそうだ。

「そうなの、高知の名物女将の一人に選んでもろうたのよ」

話しながら3本目、とうとう1升びんを持ち出してきた。しかも栓が空けられていない新品だ。これはヤバイ!

「スミマセン、明日早いんで、そろそろ帰ります……」

なんとかカンタさんが切り出し、ようやく脱出に成功した。

まさかのはちきん女将の乱入で、二人とも高知流オモテナシにより撃沈!

明日は何事もないことを祈りながらホテルへ帰るオッサンたちであった……。

2か月前