レンタサイクル日本史(5)
戦国時代始まる

2007年パリで始まった大規模シェア自転車は、自動車渋滞や環境問題の対応策として、瞬く間に世界の大都市に広がった。

その流れを受けて2010年代半ば、中国のスタートアップ企業が新しいシステムを開発、それを武器に世界各地に進出した。シェア自転車はIT時代の新ビジネスとして脚光を浴び、国際的なブームになる。

それまで自治体主導で、小規模ながらシェア自転車を展開していた日本にも、中国企業が進出、国内スタートアップも相次いで参戦した。

2017年日本のシェア自転車は、自治体や国内外企業が入り乱れる戦国時代に突入した……。

中国モバイク日本上陸

LINEと提携

2016年上海で起業した「モバイク(Mobike)」は、わずか1年で中国シェア自転車最大手に成長、余勢を駆って世界の100都市に進出、500万台を超える規模に達していた。

かねてから日本進出が取り沙汰されていたが、2017年「モバイクジャパン」を設立、日本のITスタートアップ「LINE(ライン)」と資本業務提携をして、日本進撃を開始した。

 

(モバイクのシェア自転車)

—モバイクの触れ込みは華々しく、マスコミの注目を浴びた。

モバイクは言う—。

「世界初にして世界最大のスマートバイクシェアサービスのプラットフォームの開発に成功した」

「世界中の都市と人々に移動手段のサスティナブルな解決法を提供する」

—また、モバイクは戦略的に事業展開をした。

もともと中国式シェア自転車は乗捨て自由がウリであったため、世界の大都市の道路に放置車が溢れ、批判の的になっていた。そのなかで、駐輪場が絶対条件の日本での戦略が注目されていた。

当時の日本では、2015年NTTドコモが専用機器の要らない簡易駐輪場(ポート)を開発、自治体の委託を受けて東京を中心に先行していた。

モバイクは、ドコモと競合する地域を避け、地方の中核都市札幌や福岡からスタート、「自治体やパートナー企業と連携し、地域に根差したサービスを展開する」と発表した。

それは他の国で実施したような大量の自転車投入ではなく、1台あたりの稼働率を高め、採算を重視する戦略であった。

最初のトライとなった札幌は市を挙げて歓迎、地場企業の札幌ドラッグストアやコンビニのセイコーマート、白い恋人で有名な石屋製菓なども積極的にバックアップした。

—世界で流行するシェア自転車が日本でも大展開される、と人々の期待を集めていた。

中国ofoも参入

ソフトバンクと協業

モバイクと並ぶ中国2強の「ofo(オフォ)」も、日本法人「オフォジャパン」を設立、日本に進出した。

Ofoは中国で関係の深いソフトバンクの力を借り、その子会社「ソフトバンクコマース&サービス」と、営業拠点開発やマーケティングで協業した。

 

(ofoのシェア自転車)

当初ofoは、日本をアジア太平洋地域のメインとする意気込みで、東京・大阪から営業開始と発表したが、日本事情に合わず実現できない。

それでも、18年和歌山・北九州・大津(滋賀)と展開、さらなる拡大が期待されていた……。

日本企業続々参入

メルカリも━

モバイク・ofoの中国勢に負けず、日本企業の参入も相次いだ—。

その筆頭は、LPガスなど燃料商社「シナネン」グループが経営する「ダイチャリ」である。

(ダイチャリのロゴタイプ)

もともとシナネンは、ホームセンターなどの燃料販売ルートを使って自転車販売を開始、2013年東北地方で自転車小売として覇を唱えた大型自転車専門店チェーンの老舗「ダイシャリン」を傘下に収め、自転車業界で頭角を現わした。

16年シェア自転車に参入、ハローサイクリング(ソフトバンク系「オープンストリート」運営のシェア自転車システム)グループとして、関東中心に1.200ヵ所4.000台を展開、大手となっている。

最近では不動産仲介大手の「エイプル」と連携、エイプルが管理するマンションの駐輪場をポートとする計画を発表、話題を呼んでいる。

—独自展開を図るスタートアップ「コギコギ」の例もある。

もともとは駐車場を営んでいたが、独自のスマートロックを開発して電動アシスト車に搭載、2015年シェア自転車に参入した。提携した駅周辺のホテルや店舗をポートにする、小規模多数拠点体制で運営している。

その蓄積したノウハウを活かして50万円の低予算でできる小型な「シェア自転車営業パッケージ」を販売、その第1号が奈良・桜井で始まっている。

18年には旅行会社「H.I.S」と提携、ロボットを使う「変なホテル」全国10数か所でシェア自転車を展開中である。

(「変なホテル浜松町」のコゴコギ)

—フリマアプリの先駆け「メルカリ」も参入した。

18年春、子会社「ソウゾウ」が担当して「メルチャリ」と名付けたシェア自転車400台を福岡に投入、当面の目標2.000台を掲げ、共同運用型と呼ぶ地域社会との連携で拡大する計画を発表した。

(メルチャリのイメージ写真)

そのころフリマのメルカリは、新時代の新業態企業と持て囃されていて、メルチャリにも世間の注目が集まっていた。

相次ぐ撤退

モバイク・ofo・メルカリ……

日本のシェア自転車市場に、国内外の企業が入り乱れて参入した。地域の自治体や企業、団体を巻き込み、まさに戦国の様相を呈していた。

だが、日本で世間の耳目を集めたころ、すでに世界のブームは頂点に達していた。

もともと、事業としての採算性は不明であったが、スタートアップ特有の「勝者総取り」の考え方のもと、赤字覚悟の大規模な先行投資が繰り返えされていた。

このため資金繰りに詰まると、たちまち経営難に落ち入り、モバイクやofoは世界の大都市から撤退を開始した。日本も例外ではなく、18年も終わるころ、ともにひっそりと活動を停止した。わずか1年ほどの命であった……。

それに呼応するかの如く、19年メルチャリもまた撤退した……。

今日IT関連では、NTTドコモバイクシェアとソフトバンクハローサイクリング2強の争いが続いている。

(注)写真はいずれも各社の公表資料から転載

6か月前