<少女は風に乗って> 「リンドグレーン」(スウェーデン=デンマーク合作映画、2018年)

「長くつ下のピッピ」「やかまし村の子どもたち」「ちいさなロッタちゃん」などで知られるスウェーデンの児童文学作家アストリッド・リンドグレーン(1907~2002年)の若き日を描いた映画です。

私事ながら偶然に、昨年末出掛けた先の友人のお孫さんのI子ちゃんに「長くつ下のピッピ」をお土産にあげたばかり。自由で勇敢で優しい、そしてユーモラスな女の子ピッピ。おとなしいI子ちゃんでも、どこかしら自分に似ているところがあると気づくでしょう。子どもの気持ちがホントに分かっている作家だもの。

CNordisk ilm Production AB/Avanti Film AB. All rights reserved.

リンドグレーンの作品は、これまでに日本を含む世界100ヵ国以上で翻訳され、アンデルセンやグリム兄弟に次いで世界で4番目に翻訳数の多い児童文学とか。およそ1億6500万部も売れたと言われても、ちょっとピンと来ないのですが。

作品は当然ながら作家の作り出したものですが、読者は何となく、主人公や登場人物に作家のイメージを重ねて想像してしまいがちです。例えば、リンドグレーンはピッピみたいに明るく無邪気な自由人だった、という具合に。果たして、そうかー。

自らが少女期から熱烈な愛読者で、リンドグレーンを“私を形作った人”と敬愛する本作の監督ペアニス・フィッシャー・クリステンセンは、作家リンドグレーンの創造の源をたどり、これまであまり知られていなかった若き日の実像に迫ります。少女アストリッドが16歳から20代前半の10年足らずのまだ人生の入口で潜り抜けた、無邪気と悲劇と不屈の闘志の入り混じる疾風怒濤の日々こそ、後の世界的作家リンドグレーンを生み出す源泉だった、と。リンドグレーンはどんな人だったのか。どんな人生を送ったのか―心を込めて描きます。

南スウェーデンの小さな町ヴィンメルビーの郊外。広々とした牧場わきの道を短い髪をなびかせて自転車で走る16歳の少女アストリッド(アルバ・アウグスト)。のんびりと散歩していた2頭の子馬が自転車につられて後を追う。カメラをぐんと引くと、丘の上を自転車と馬たちが一列に並んで疾走している。さわやかで自由で、アストリッドの幸せな少女期を象徴するような印象的な場面です。

農家の長女として生まれたアストリッドは、中学を卒業すると地元の新聞社に採用されます。最初は雑用係だったが、文才を認められ、すぐに事務員兼記者に格上げされて、水を得た魚のように健筆を振るい始めます。書く喜び、書くことで他者とつながる喜び、しかも何より、好きなことでお金が稼げる幸せ。新聞記者の仕事は、書く力と好奇心があればこんな面白い仕事はない。子供っぽい長いお下げ髪を切りきっぱりとショートヘアにして、まるでジャンヌ・ダルクのような高揚した気分です。自転車と一体となってペダルをこぐ足に力がこもり、抑えきれない歓びで何もかもが輝いて見えます。

その後に起こったことは、何といったらいいのでしょう。先妻に先立たれて7人の子どもを抱え、神経症気味の後妻と離婚係争中の37歳の編集長の愛を、アストリッドは戸惑いながら受け入れてしまいます。日蔭の恋、18歳で予期せぬ妊娠、19歳で隣国デンマークで出産。しかし、両親には受け入れられず、ひとり首都ストックホルムへ出て自立のために秘書学校へ。その間、愛する我が子ラッセは里子に出し、ラッセの父親との関係も自ら絶ち、孤独と貧困の中で苦しみもがき続けます。

ようやく安定した仕事に就き、やっと母子で一緒に住めると弾む思いで迎えに行くと、2歳半になったラッセはすっかり里親に懐いていて見知らぬ母を激しく拒否するのです。ショックと失意から自暴自棄に陥ったアストリッドは、職場のパーティーで泥酔してしまいます。そんな彼女を助け起こしたのは、職場の若き上司ステュレ・リンドグレーンでした…。

アストリッドが「長くつ下のピッピ」で世に出たのは、1945年、38歳のとき。24歳でステュレと結婚し幸せな家庭環境を得てから10数年たってからのことです。

リンドレーンは2002年に94歳で亡くなるまで、生涯にわたって児童文学や社会活動を通じて全ての子どもたちが安全と愛情を受ける権利のために身を捧げました。後に、この若き激動の時代を振り返って「ラッセのことがなくても作家にはなったでしょう。でも、ラッセのことがなければ有名にはならなかったでしょう」という言葉を残しています。(了)

注)「リンドグレーン」は、神保町・岩波ホールほか全国順次ロードショー公開中。

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3年前