パリの衝撃・日本へ
実証実験が再起動した
1970年代の2度にわたるオイルショック以来、日本は政府主導のもと、自転車活用社会実現への摸索を続けていた—―。
80年代には、「コミュニティサイクル」と呼ぶ、都市の共用自転車実証実験が始まった。駅を中心に複数の駐輪場(ポート)をつくり、自転車を共同で使う新形態のレンタサイクルである。
ところが、そのころから都市部を中心に廉価自転車が急増、大量の放置自転車が駅前に溢れた。自治体は対策に追われ、実験計画は遅々として進まなかった。わずかに高松・新潟・東京世田谷区などで実施された程度だった。
一方、1997年の京都議定書により、都市交通に自転車を利用する気運が世界的に盛り上がった。日本でも、全国20の「環境モデル都市」を指定、再度コミュニティサイクル構想が推進された。
2007年に突如、パリに大規模共用自転車ヴェリブが登場、その情報は日本にも衝撃となって伝わり、各地の自治体は一斉に実験を開始した。
早くも08年には、東京千代田区・名古屋・松山の3都市で社会実験が始まった。さらに翌年12都市に増加、10年には15都市まで拡大していった。
最初のヴェリブ式、富山で始まる。
2010年富山市は、パリに3年遅れて日本で初めて本格的なヴェリブ式を採用した。
もともと富山は、人口の郊外拡散により、日本有数の自動車依存都市になっていた。そこで脱マイカーを掲げ、廃線予定のJR線をライトレール(路面電車)として復活させるなどコンパクトシティを目指す施策を実施していた。共用自転車の活用もその公共交通政策の一環であった。
—―富山はヴェリブを徹底的に研究した。パリの実地調査を踏まえ、自転車市民共同利用システム「アヴィレ」と名付け、自転車150台/ポート15カ所でスタートした。
それは、パリの25.000台/1.800ポートという壮大なスケールにははるかに及ばなかったが、小規模ながらも日本式にカスタマイズしたものだった。
(駐輪ラックに自転車が並ぶステーション)
(アヴィレ専用自転車)
(路上端末機ターミナル)
自転車・ポート・路上端末機・駐輪ラックなど一式は、市が購入して運営会社シクロシティ(パリ・ヴェリブの運営会社ジェーシードーコーの子会社)に貸与、経費の一部も市が負担する契約をした。
料金は、1日貸が常識だった従来のレンタサイクルと異なり、公共交通としての短時間利用に重点を置くヴェリブの考えを取り入れ、格安に設定した。
基本料金は1日300円(別にデポジット700円)、利用料は30分無料・60分200円.・以降30分毎500円追加の設定であった。
—―ふたを開けてみると、アヴィレの評判は散々だった。
稼働車150台のうち2割は、1日に1回も使われない結果になった。料金半額キャンペーンを打ち出したが、効果はあまりない。さらに、雪国のため冬季は稼働期が短くなる
ハンデがあった。
料金半額をPRするチラシ)
予想外のこともあった。無人のシステムとはいえ24時間体制のため、1ポートの電力使用量が一般の1家庭平均を上回わったという。
もともと利用料は、利用者数拡大のため安く設定されていて、採算が合わないのは覚悟の上だった。とはいえ運営会社を赤字にもできない。環境省などから1億5千万円の補助を受けるなどしたが、市の経済的負担は大きかった。
それでもコンパクトシティを標榜する富山市は、今日も利用向上のための努力を続けている。
ヴェリブ式、金沢にも広がる
富山の試みは、隣県の金沢にも広がった—―。
2012年金沢市は、2か月間の実証実験を経て、ヴェリブ式を実施した。
「まちのり」と名づけて、自転車155台/ポート18ヵ所。ICカードかパスワードで開錠や代金精算をする。料金は富山を踏襲して安く設定した。
(2つの支払い方式から選択する)
自転車のデザインはアヴィレとやや異なるが、3段変速付きの20インチミニ。盗難防止のワイヤー錠前を標準装備している。
(「まちのり」の標準タイプ車種)
事業スキームは、富山と同じく市が自転車やポート、機器類を民間業者に貸与。業者は運営や保守、付帯事業で収入を得る。
市は初期投資1.1億円を拠出、運営の赤字は市が補填する計画でスタートした。
(自転車が並ぶまちのりの駐輪場)
—―開始後7年経った。
利用者数は年間6~7万人、そのうち男性が6割。金沢市居住者は15%程度で、市外利用者がおよそ85%を占めた。市民の足としての日常利用よりも、観光目的が多い結果になった。
また降雪のためメンテナンス代がかさむ。3年に1回の自転車全数入れ替えが必要になった。採算は厳しく、収益化の目途はまだ立っていない。
それでも金沢市は、ポートを増やしたり、ホテルなど多くの観光施設とタイアップして利便性を増し、またベビーカーを貸し出したり、イベントを開催して付帯収入を増やす努力を続けている。
現在は北陸新幹線開業に伴い、観光客がますます増加している。脱マイカーより観光目的の施策が有効であろう。このあたりに採算向上の鍵がある。
日本でしか考えられない、きめ細かい社会実験
富山、金沢と相前後して、多数の都市がコミュニティサイクル実験に乗り出した。
—―都市により形態はさまざまだった。管理は有人型や無人型、利用料も有料や無料があり、カード利用だけではなく現金精算機を開発した例もあった。自転車も26インチ軽快車やミニサイクル、スポーツ車、電動アシスト車もあった。ポート確保のため、商店の軒先利用など地域社会と連携する方式もあった。
共通する特徴は小規模なことだった。世界各国の勢いには遠く及ばず、自転車50~100台/ポート4~5カ所が大勢であった。
大きくても名古屋(「名チャリ」)や東京江戸川区(「eサイクル」)のように、300~400台程度だった。
—―この実証実験は、利用者や利用実態、収支状況を細かく把握し、公共交通における自転車の位置付けを把握するためであった。それは実験後に本格展開する資料固めでもあったが、その前提となる費用や採算の懸念があったからと思われる。
この実験により、いかにも日本らしい、きめ細かいデータが収集された。おそらく世界でもこのような社会実験は類例がないであろう。
国土交通省は、数年かけてこの社会実験をまとめた—―。
〇小規模でスタートして、段階的に拡大すれば、共用自転車は成立できる。
〇利用は徒歩やバスからの乗り換えが多く、自動車からは1割程度。環境負荷軽減や放置自転車対策には思ったより効果が乏しい。
〇駅での利用は、通勤などにより朝夕の配置台数の偏りが発生、運営の工夫がいる。
〇日中の利用を増やして採算向上を図る必要がある。
そして結論は、「コミュニティサイクルは、交通やまちづくりの課題を解決する一つの手段であり、まちづくり施策の一環として導入することが重要」とした。
これは、共用自転車は総合都市政策の一つであり、採算上からも民間の事業化の対象にはならない、という側面を皮肉的に語っているのではなかろうか。
—―富山・金沢など日本でも始まったパリ・ヴェリブ式は、自治体の関与のもと、いずれ日本でも広く普及すると思われた。
ところが、採算の合わないはずの共用自転車の事業化を図る民間企業が現れる。それは急速に普及して、新しい戦いが始まっていく……。