三輪自転車の話(最終回)

現在の三輪車には、自転車もあればオート三輪もあって多様である。だが、かつて“サンリンシャ”と言えば、幼児が遊ぶ「乗用玩具」のことを指していた。チェーンを使わず足で前輪を回す1人乗りの小さな三輪車である。

幼児用三輪車は、ヨーロッパでは古くから存在し、日本でも大正末期ごろから専業メーカーが生まれ、子供乗り物専門店もあり、小規模ながら業界を形成していた。

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(現存する昔の鉄製三輪車/製造年不詳:アイデス提供)

━1960年代半ば、自動車タイヤのトップメーカー・ブリヂストンタイヤが、子供三輪車を発売した。業界外からの参入であり、大企業にとってあまりにも小粒な商品であったため誰もが驚いた。だが、それには深いわけがあった。

当時の自転車生産は年間300万台。需要は安定していたが、交通運搬などの役割が自動車に代わられ、その将来性が疑問視されていた時代のことである。自転車業界では、実用車からスポーツ車・軽快車への車種転換を志向していたが、その実現に苦戦していた。

たまたま世の中はベビーブームの真っ只中、子供人口が増え続けていた。大人車だけでなく、子供車の新需要創造にも着目した。

だが当時の子供車は、小学生中高学年から乗るため需要が少ない。デザインは大人用実用車をダウンサイズしただけの魅力がないもの。価格は大人車の半分の値付けが当たり前という市場要求があり、とても採算に合わない。これら諸問題を解決することは難しかった。

━この命題を負って、自転車でも首位のブリヂストンタイヤ(のちに自転車事業部が独立してブリヂストンサイクルになる)は、乗用玩具メーカー「プラスワン」(現・アイデス)と提携、幼児用三輪車「ジェットバンビ」を発売した。その画期的なデザインが評価され、通産省グッドデザイン賞を受賞、まずまずのヒットになった。

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(ブリヂストンタイヤの三輪車ジェットバンビ)

ブリヂストンにとってこの三輪車は、小遣い稼ぎのようなものだったが、こんどは自転車メーカー第2位の宮田製作所(現・ミヤタサイクル)が、子供車の低年齢化にトライした。

当時の乗用玩具市場には、幼児用三輪車と同様にチェーンを使わない前輪足踏み式の、自転車もどきの“二輪車”(ニリンシャ)と呼ぶ商品が存在していた。補助輪を左右に付けているので、実質は四輪車である。