戦争と自転車

溝口和哉

現在ではほぼ見ないが、自転車が戦争に使われた時代があった。といっても、前線で主役になることはなかったのだが……。

戦争における自転車は、使われる乗り物が馬を主とする生物から、自動車・戦車といった機械へと変化する過渡期に使用され、小さな成果を挙げつつも、戦争の急速な機械化の中でだんだんとフェードアウトしていったように思う。

本稿では、自転車の軍事利用の歴史を概観する。前半は欧米を中心に、後半は日本についてまとめた。

━1860年代ごろから、徒歩より速く、餌や訓練も不要で、目立たずに移動できることで、自転車の軍事利用が欧米各国で模索された。偵察や通信の円滑化を主目的に、79年にアメリカ陸軍が自転車を正式に採用した。これを皮切りに、84年にハンガリー陸軍、85年にイギリス陸軍、86年にフランス陸軍・イタリア陸軍と各国が次々に採用していった。なお、イタリア陸軍が最初に軍事利用したとする説もあるが、非公式導入のため詳細は不明である。

ドイツ陸軍も採用を議論したが、騎兵隊上層部の強い反発のため、この段階では採用されなかった。プロイセン軍の精神にも、イメージにも合わない、というのがその理由であった。その後有用性を認識、他国に遅れながらも92年に採用している。

騎兵に手紙を渡す自転車兵

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引用:『自転車の世紀「図録」』p.31

当時、偵察や通信といった仕事は主に騎兵が担っており、自転車は騎兵の変種として認識されていた。よって、自転車部隊の戦術や訓練内容は、騎兵部隊のものが踏襲された。

やがて、前後輪の大きさが同じセーフティバイシクルが普及し、安定走行ができるようになると、直接戦闘に加わることが期待されるようになった。自転車を砲台として利用したり、複数人で移動して車体に積載したライフル銃で戦闘する等、さまざまな利用方法が模索された。いくつかの種類の軍用自転車が製造され、ライフル銃を車体の横に積んでハンドルバーから射撃したり、サイドカーから機関銃射撃をおこなう実験が行われた。

有名な話だが、1895年フランス軍第87歩兵連隊のジェラール大尉が、折り畳んで背中に背負う自転車を考案している。

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プジョーの軍用折り畳み自転車

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オランダ陸軍の運搬用自転車
引用:『自転車の歴史―200年の歩み 誕生から未来車へ』p.134、p.138

第一次大戦では、大量の自転車が兵士の移動に使用された。イギリス軍は10万人以上の兵士が自転車を使用し、フランス軍は12万5000人以上、ドイツ軍は15万人以上の自転車部隊を配置した。しかし、それらが戦力として活躍した例は皆無に等しかった。両軍の歩兵が入り乱れる近距離戦闘ではなく、多くが泥沼の塹壕戦になってしまったため、自転車が活躍できる舞台がなかったのである。第一次大戦以降は、一部のセーフティ型と一部の折り畳み自転車のみが軍用自転車として生き残った。

伝書鳩を背負って走る第一次大戦中のドイツ陸軍兵士

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引用:『防衛技術ジャーナル 2008年8月号』p.60

━日本では、1890年代から自転車の軍事利用が研究された。

1892年に、中島康直陸軍中尉が形の異なる3台の自転車で比較実験を行っている。1900年代初めには、小石川陸軍砲兵工廠で、数百人の職人が自転車を製造していたし、自転車教程もつくられていた。同時期、宮田製作所(現 ミヤタサイクル)は、陸軍に400台を納入している。

中島康直が演習に持ち込んだ自転車の絵

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『偕行社記事1893年2月』p.9

1904年の日露戦争では自転車が実戦に用いられたが、主に伝令用であった上、現地の道路環境の悪さのため目立った成果はあげられなかった。この戦いでは、中央突破力の強い騎兵と砲兵が主戦力であった。

コサック兵から逃げる日本軍の伝令

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『Japan’s fight for freedom Vol.2』p.450

橋を渡る日本の騎兵たち