映画について書いてみない? と言われて大分経つ。こんなにぐずぐずするのは、なぜかな。高校時代は毎日自転車通学していたんだけど、以後幾星霜、今ではまったく乗らない。
この間歩道でぶつかりそうになったから、自転車が好きとばかりも言えない。けど、そう映画なら安全だし(!)すてきな自転車の場面は結構ありますね、そんな映画や場面を思い出すままに、書いてみますね。心に残る銀幕の自転車リンリン物語―。
(上映時のチラシより)
シニア=老人なんて思っちゃいけない。このドキュメンタリー映画の主人公、ビル・カニンガムは、撮影当時82歳の現役フォトカメラマン。自転車でニューヨークの街中を走り回ってストリートファッションを撮るのが仕事だ。その写真は、毎週「ニューヨークタイムズ」紙日曜版のファッションページに掲載される。
世界の流行の最先端のこの街角では、誰も着ていない突飛で派手でアホらしい程個性的な、つまりカッコよすぎるスタイルの老若男女が人ごみの中を平気で歩いている。この道50年のビルは、そうした獲物は決して見逃さない。見つけると自転車を止め、サドルにまたがったままシャッターを切る。
いいアングルでいいタイミングでいい表情をとらえたカットは、次の日曜版の名物ページ“On the Street”に載って読者の熱い視線を惹きつけるのだ。
ふた昔ほど前に日本でも一時、男の子がズボンを腰骨より下に引っ掛けてはくのが流行した。ずぼらなようで、やんちゃなようで、はらはらした。女の子たちにはセクシーにも見えたのかな。あれもストリート・ファッションだったのね。後で偶然見た「NYタイムズ」にNYのそんな少年らの写真が載っていて、結構チャーミングだった! 流行はすぐ伝わるんだな、と感心したのを覚えている。
でも、その写真のカメラマンがこんなかっこいい自由人だったとは。撮る相手は有名無名、老若男女、国籍・人種、貧富かどうかはも問わない。ファッションがイケてるかどうかだけが判断の基準。もう、写真を撮ることが面白くてたまらない、着る人のこれぞ!という見せ所をカメラでがっちりと受け止める。「最高のファッションショーは、常にストリートにある」と。だから、ビルの作品はNYの街のファッション史でもあり、世相史にもなっている。
だが、その私生活は親しい業界人にも謎のままだった。初めてビルの仕事と生活ぶりを追った本作は、リチャード・プレス監督が説得に8年、撮影に2年と、合計10年かけて完成した労作である。
すらりとした長身にトレードマークの青いジャケット(パリの清掃員の制服をもらったのだとか)姿で自転車にまたがり、NYの街を自在に走り回る姿のかっこよさ。住んでる場所もかの音楽の殿堂「カーネギーホール」上階のスタジオアパートと並みではない。
だが、その生活は華やかさと無縁の、ひょうひょうとした風貌通りのシンプルライフだ。台所もバス・トイレもない部屋には生涯に撮り溜めたネガフィルムを収めたキャビネットと簡易ベッドでいっぱい。夜の社交場用の仕事着のスーツはキャビネットの取っ手に引っ掛けてある。「街に出て写真さえ撮れればいい。余計なことに人生の邪魔をさせない」と住宅には無頓着だ。
1929年生まれ。ハーヴァード大を中退後、帽子ザイナー、雑誌や新聞記者を経てフリーで写真を撮り始め、1978年に伝説の女優グレタ・ガルボをニューヨークの街角で撮影して注目を集め、以来亡くなるまで36年間NYタイムズ紙の写真記者であった。
フランスで受勲の折りに、「写真は仕事ではなくて、喜びです。私は働いていません、好きなことをするだけです」と挨拶したという。最後まで現役のまま、2016年に脳出血で入院し、程なく死去。言葉の通り、自由な人生を貫いた見事な87歳の生涯だった。
(著者紹介)松本侑壬子(まつもと ゆみこ)
映画評論家/ジャーナリスト。津田塾大卒。共同通信記者・十文字学園女子大教授を経て、映画を通してジェンダーや家族問題を考えるエッセイ、評論、講演などで活躍中。著書「母娘の風景」「映画をつくった女たち―女性監督の100年」「銀幕のハーストリー~映画に生きた女たち~」など。日本記者クラブ、日本ペンクラブ、日本映画ペンクラブ会員。