赤松正行による「自転車物語・スリーキングダム・王国の栄枯盛衰」(戦前編)の書評

(注)本記事は、自転車情報提供サイト「クリティカル・サイクリング」(http:///)に掲載された書評に、著者(角田安正)が補足説明を加えたものです。評者は同サイトを主宰する情報科学芸術大学院大学赤松正行教授、本人も自転車を楽しむライダーです。詳しくはサイトにリンクください。

1作「自転車物語『スリーキングダム』王国の栄枯盛衰」は、日本を中心とした自転車の歴史を丹念に追う300ページ少々の書籍だ。物語風の語り口なので読み易く、思わず引き込まれる興味深い事柄が満載。元は自転車雑誌での連載記事のせいか、短めの章節構成が軽快で、気軽に読み進められる。写真や図版はモノクロで小さめだが、要所要所に添えられていて理解を助けてくれる。

1話は、まさしく江戸時代の自転車3つの舟形車(船の形をした車)から始まる。最初の千里車を作った武蔵国百姓の門弥、それを陸船車として見世物にした道頓堀竹本座の出雲、そして先行する2台を参考に新製陸舟奔車を作った彦根藩藩士の久平次、と制作者の側から当時の様子が活き活きと描かれる。それは、新規御法度、つまり新しいことはすべてダメという時代の、先人の奮闘と苦悩だ。

著者:自転車の発明は1817年のドイツ・ドライス男爵とされているが、異説も多くあります。紀元前の人力駆動車から始まり、15世紀のイタリアのレオナルド・ダ・ヴィンチの手稿に描かれた自転車に似たスケッチ(=後世のいたずらと判明)、また1790年フランスのド・シブラック伯爵のセレリフェール(=架空とされている)などが有名です。独仏伊の元祖争いは今でも続いています。

著者:日本の舟形車も「クランクペダルがあるから自転車だ」とすれば、論争に加わる資格があります。自転車県として町おこしを図る埼玉などには観光資源になるはずです。

続く第2話では、一般的には世界最初の自転車と言われるドライジーネに始まり、ミショー型やオーディナリー型を経て、セイフティー型として今日の姿を得るまでが語られる。ここでも、ドライス男爵は、なぜドライジーネを考案したのか?といったエピソードも楽しい。第3話はタイヤの発明や、大量生産としてイギリスやアメリカで自転車産業が本格化する過程が描かれる。

第4話で日本に戻り、幕末もしくは明治初期に欧米の自転車渡来期からだ。明確な文献が残っていないので、一種の謎解きとなる。また、日本独自の発明である人力車への言及や、からくり儀右衛門らの国産自転車の考察も興味深い。第5話では、競走会やクラブを通して明治期の自転車の受容を探り、三浦環や小杉天外の通俗的側面から夏目漱石志賀直哉の文学的側面も紹介される。

さて、ここまでは軽快に読み進んだが、第6話から第10話までの後半は雲行きが怪しくなる。まず、産業や商業が中心であり、明治期には考察された文化的側面への言及が少ないのが気になる。また、輸入商社の競争、国産化への奮闘、市場の覇権争いなど、登場する人物や会社が多彩ながらも、現代と断絶しているので連想しにくい。それは戦時体制と敗戦によって産業も文化も破壊されたことが大きい。

このようにして、本書は太平洋戦争終了で終わる。本書の三つの王国も、どこを指すのか分からないままでいる。

著者:もともと三国志とは中国の魏・呉・蜀の3国の争いの物語です。これを広義に語る場合には、群雄割拠した三国時代前期からの多数の国々の争いの物語になります。

 

著者:本書の三つの王国とは、「英・米・日」の3国を指します。しかし、著者は「ドイツで生まれ、フランスで育ち、イギリスで花開いた」という自転車史を踏まえ、世界の多くの国が自転車国としての覇権を争った物語をイメージして、三国志になぞらえスリーキングダムとネーミングしました

 

著者:そういう想いから、三つの王国とは単に3国を指すだけでなく、「ヨーロッパ・アメリカ・アジア(台湾・中国を含めて)」の3地域、あるいは「独・仏・伊・英・米・日」の多数の国を意味すると解釈いただいてもよいと思っています。

7か月前