災害と自転車

この夏、東北ドライブ旅行に出かけた。
東京から泊りを重ね、11年の東日本大震災のとき、津波に襲われ甚大な被害を受けた、宮城北部の南三陸町志津川まで走った。
復興中とはいえ、残された建物や海から運ばれた巨石を見ると、胸が痛む。共同店舗で一休み、周りに自転車をほとんど見かけない。

さらに海岸沿いを南下、ところどころ建設中の新道に迷いながら、釜石を経て松島にたどりついた。
この間、自転車の姿は少ない。

災害が起こると、自転車需要が発生する。移動用に折り畳み車の需要もある。

95年の阪神・淡路大震災のときには、自転車メーカーはトラックで新車を送った。工場からは工員が応援に駆けつけ、自転車店を廻って店頭の汚れた自転車を磨いた。この時代、メーカーと販売店の結びつきは強かった。

自転車をあまり見ないことを不思議に思い、帰りに仙台郊外の名取市でカフェ「時代屋」を営む、自転車販社元幹部の村上哲夫氏に話を聞いた。彼は震災当時、東京から現地に駆け付けた経験がある。
「人口流出で需要が減ったこと」
「高台移転で内陸に移動したこと」
などが原因とのこと。

うれしい話も聞いた。
「津波で両親を失った自転車店の息子さんが跡を継ぎ、高台に移転して新店舗で頑張っている」と。

本年9月には、被災地を走り抜ける「ツール・ド・東北」、陸前高田の「ツール・ド・三陸」などが開催される。復興がんばれ!

▲志津川の共同店舗裏

▲震災遺構になった志津川防災庁舎跡

(村上哲夫氏提供)

10か月前